教会からのお知らせ

天上の礼拝  ヨハネの黙示録第四章

 アジア州の七つの教会に宛てた手紙が終わり、ヨハネは自分の受けた幻の報告が四章から始まります。その始めは序章とでもいうように、天の栄光を告げ知らせています。第四章は天の玉座の光景を、第五章は屠られた贖いの子羊、キリストの栄光を見せてくれています。

 第二章と第三章では地上の教会の様子を記してきました。ローマ帝国の支配、権力の下にあって信仰の試練は非常に大きいものでありました。事実ヨハネは権力によってパトモス島に流されていました。小アジアにある七つの教会は傷つき、病み、堕落し、揺れ動き、この世の力に翻弄されていました。

 そのような一抹の不安を感じていたヨハネに天の門が開かれているのが見えました。そして「ここへ上って来い。この後必ず起こることをあなたに示そう」という声が聞こえたのです。

 霊に満たされたヨハネがまず見たのは天の玉座でした。そしてそこに座っていられた御方でした。地上の力によって痛めつけられたヨハネに、まずこれを見よとばかりに天の玉座が永遠に揺るぐことなく不動であるとお示しになったのではないでしょうか。それをヨハネは私たちに伝えているのです。

 ヨハネは直接に神の姿には触れずにその栄光を表現しています。「碧玉や赤めのうのようであり」「エメラルドのような虹が輝いていた」とは形のことではなく、その光、彩りを伝えています。日本の表現で言えば「絵にもかけない美しさ」ということでしょう。彩り鮮やかな神の栄光を私たちに伝えています。会堂を飾るステンドグラスはここに発していると言います。

 その玉座の周りには二十四人の長老が座っており、さらに四つの生き物がいるのが見えました。長老たちは祭儀を執り行う白い衣をまとい、最高位の権威のしるしである金の冠を被っていました。また四つの生き物には「六つの翼があり、」「一面に目があった」とその姿を伝えています。この異様な感じのする生き物はエゼキエル書に出てくるケルビムに似た天使的な存在でしょうか。目がいっぱいあるのは玉座を守るため不断に見張りを行う象徴、六つの翼は、神の命令を迅速に伝えることができます。そして長老たちも生き物たちも昼も夜も絶え間なく神を礼拝し、賛美していたのです。生き物は神の存在、本性を歌い、長老たちは神の業を讃美していました。神は聖なる神、主なる神にして「栄光と誉と力とを受けるにふさわしい方」なのです。世はローマ皇帝ドミティアヌスを「われらの主にして神」とほめたたえていましたが、長老たちは、「あの男ではない。栄光と誉と力を受けるにふさわしい方は創造主こそふさわしいお方」と声をそろえて告白しているのです。

 

愛澤 豊重

(菊名 2016年3月号  No.6掲載)