牧師室より

「十字架への道」

 受難週は、イエスのエルサレム入城の物語りによって始まります。
 詩篇の多くの歌に見られるように、イスラエルにとってエルサレムは単なる首都にとどまりません。そこは神が王としての位に就くところであ
り、そこで人々が神の民として認証されるところでした。神が王となり、人々がその民となる、という出来事がイエスによって成就するのだとい
うことを象徴的に「エルサレム」は物語っているのです。
 イエスは御自分の死に場所として、歩きまわっていたガリラヤ湖畔や、懐しいナザレ、いつも暖かく歓迎をしてくれるマルタやマリヤの住むベ
タニヤではなく、このエルサレムを選びました。それはイスラエルの中心だったからでも、政治や学問の中心だったからではありませんでした。
確かにそこは神殿の所在地。けれどもそこは「聖都」ではなく、むしろ、罪人の町、反逆の都であったからでした。しかし主は、この地を武力・
権力をもって支配しようとはされませんでした。王の凱旋ではなく、小さな、弱いロバの子に乗って入城されたのです。
 イエスによって示された王の即位は、そのように示されました。しかもこの即位の王座は、十字架の痛みと悲しみの王座でありました。

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