牧師室より

教会生活(週報だより)

教会とはどんなところでしょうか。教会生活の目的は何でしょうか。今礼拝では使徒言行録を読み進めていますが、そこには初代の教会の誕生の様子が伝 えられています。十字架と復活・聖霊降臨を経験した弟子たちが、教会誕生によってその中で生かされて行きました。弟子たちの伝道によってエルサレムの教会 からコリントの教会、その他いろいろな所で教会生活をする人が生まれていきました。

その教会生活はどのようにして形作られたのでしょうか。 その中心になった使徒たちはどのように指導したのでしょうか。きっと何らかのオリジナルな体験があったはずです。マルコによる福音書3章13〜15節には 彼ら12人が選ばれ、使徒として任命されたという記事がありました。

その所に、教会生活の源流があると思います。そこには3つの目的がありました。第一は、自分のそばに置くため、第二は、宣教につかわすため、第三は、悪霊を追い出す権威を持たせるためです。

教 会生活の第一の目的は、私たちが主イエスのそばにいる、ということになります。人生では、誰のそばで生活をするのか、ということが一番の課題なのです。主 イエスのそばで生きることを「信仰」と呼んでいます。それによって私たちには平安が与えられると聖書は約束しています。主イエスによって平安が与えられる と、「希望」が生まれてくることを私たちは体験します。信仰を持つ以前に持っていた希望とは違う希望だということを多くの人たちは証言しています。失望に 終わることのない希望だと聖書にはあります。ですから、使徒たちは死をも恐れない勇気を持って大胆に宣教することができたのです。そして第三の「悪霊を追 い出す権威を持たせるため」というのは、信仰と希望に満ちて人々の間で生活するとき、それは愛の行いになるということを言っています。悪霊を追い出すのは 「愛」なのです。主イエスは愛をもって人々の間を旅していました。

私たちは「信仰・希望・愛」という言葉をよく知っています。まさにパウロ が伝えた信仰生活の奥義です。その上で、私たちが教会生活をするときには「信仰」と「希望」の間には「平安」があり、「希望」と「愛」の間には「勇気」が あることを忘れないで下さい。これが教会生活の源流なのです。

牧師室より 一覧ページへ